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最高裁判所第三小法廷 昭和63年(行ツ)141号 判決 1990年7月17日

オランダ王国オツス・クロースターストラート六

上告人

ナームローゼ・ベンノートシヤープ・オルガノン

右代表者

アー・デー・ドウマ

エフ・ヘー・エム・ヘルマンス

右訴訟代理人弁護士

品川澄雄

同弁理士

川口義雄

中村至

船山武

戸村玄紀

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 植松敏

右当事者間の東京高等裁判所昭和五八年(行ケ)第一九八号審決取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年三月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人品川澄雄、同川口義雄、同中村至、同船山武、同戸村玄紀の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 坂上壽夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(昭和六三年(行ツ)第一四一号 上告人 ナームローゼ・ベンノートシヤーブ・オルガノン)

上告代理人品川澄雄、同川口義雄、同中村至、同船山武、同戸村玄紀の上告理由

一、上告理由第一点

原判決には、理由不備の違法があるから、原判決は取消されるべきである。

1、本願第一発明は、酵素免疫測定法(エンザイムイムノアツセイ)についての発明であるに対して、第一引用例及び第二引用例記載の発明は放射免疫測定法(ラジオイムノアツセイ)についての発明であつて、前者は標識物質として酵素を使用するのに対して後者は放射性物質を使用する点で決定的に異なつている。

又、第三引用例及び第四引用例記載の発明は、共に組織化学的抗原位置決定法についての発明であつて、定性的な分析法であり定量的測定法には属しない。

一方、本願の第一発明は、酵素免疫測定法によつてステロイドホルモンその他の物質についての微量測定を行なうことを目的とする定量測定法の発明である。

原判決は、右の諸事実を前提として認定しながら、

「優先日当時において当業者が認識していたと思われる後記認定の事項を考慮してもなお、第一引用例記載のRIAの標識物質である放射性物質(放射性同位元素)に代えて第四引用例に開示された酵素を用い(て本願第一発明に至)ることは容易に想到し得たものと認めるのが相当である。」

と認定した。しかし、右認定には理由不備の違法があり民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当する。

以下、原判決の理由不備を具体的に明らかにする。

2、原判決は、右結論に至つた理由として、

(1)、第一引用例記載のラジオイムノアツセイ法と第四引用例記載の酵素を用いた組織化学的抗原位置決定法とは、

「その目的、測定方法、測定原理等において相違するものの、標識物質を用い、抗原抗体反応を利用してなす免疫学の分析技術分野に属する分析方法である点で共通する、」こと、

(2)、第三引用例及び第四引用例の記載によると、酵素と放射性物質とは組織化学的抗原位置決定法において「同等の標識物質として使用されている」こと、

(3)、第四引用例の記載によれば、「酵素と抗体とは酵素的及び免疫的活性を失わずに結合し」、「反応後においても酵素活性が失われることがないこと」、

(4)、「ハプテンと蛋白質である酵素との結合物も知られていたものと推定することができること、」、

(5)、乙第二号証の記載に従えば、「優先日前に抗原抗体反応を利用する免疫学の分析技術分野において、標識物質として放射性物質(ヨウ素標識)に代えて酵素を用いること、すなわち、酵素標識結合生成物を用い得るであろうことを示唆するものであること、」、

(6)、第一引用例の記載によれば、「イムノアツセイにおいては、標識抗原と非標識抗原とが競合して抗体と一定の割合で反応する競合的抗体反応が生起することは不可欠とされるけれども、それ以上に、標識抗原と非標識抗原とが同等あるいはそれに近い割合で競合して抗体と反応しなければ定量測定ができないということはなく(定量測定を高精度になし得るか否かということとは別個である。)、したがつて、ある標識物質を用いることにより非標識抗原の免疫活性やその標識物質自体の活性、更には、標識抗原の抗体との反応及び非標識抗原との抗体に対する競合反応に何らかの影響があつて、標識抗原が非標識抗原と同等に抗体と結合し得なくなつたとしても、それらが一定の割合で競合して抗体と反応することが確認できさえすれば、少なくともイムノアツヤイにおいて必要とされる前記競合反応は生起するものと解されること、」、又、本願第一発明で「要求される競合的抗原抗体反応の程度(内容)は第一引用例記載の方法において要求される程度(内容)と変わることがないものと認められること、」、

(7)、「抗原抗体反応は特異的反応であること、」、

(8)、「酵素が触媒として特異的性質を有することは周知の事項であること」

の八点を挙げている。

3、しかし、イムノアツセイ法(第一引用例)と組織化学的抗原位置決定法(第四引用例)とが「免疫学の分析技術分野」という同一の分野で用いられる分析法であるとしても(前記(1))、組織化学的抗原位置決定法において、酵素と放射性物質とが共に標識物質として使用されているとしても(前記(2))、組織化学的抗原位置決定法において酵素が抗体と活性を失うことなく結合するとしても(前記(3))、ハプテンと蛋白質との結合物が知られていたとしても(前記(4))、又、免疫学の分析技術に属する分野において放射性物質に代えて酵素が用い得るであろうことが記載されているとしても(前記(5))、同じくイムノアツセイに属する本願第一発明と第一引用例とにおける「要求される競合的抗原抗体反応の程度」が変らないとしても(前記(6))、抗原抗体反応が特異反応であるとしても(前記(7))、酵素が触媒として特異的性質を有することが知られているとしても(前記(8))、それらの事実から、原判決の言う如く、「第一引用例のRIAの標識物質である放射性物質(放射性同位元素)に代えて第四引用例に開示された酵素を用いることは容易に想到し得た」との結論を導くことができないことは明らかである。

註、原判決は、五三丁裏において、第四引用例には「酵素を抗体の標識物質として使用しても抗体の免疫活性及び酵素の酵素活性を損うことなく酵素-抗体結合物が得られ、右酵素標識抗体は抗原と反応し、反応後においても酵素活性が失われることがないことが事実上開示されているものとみるを相当とする」と認定し、又、六一丁裏において、「第四引用例には前記(3)で認定説示したとおり、酵素を抗体の標識物質として使用しても抗体の免疫活性及び酵素の活性を損うことなく酵素-抗体結合物が得られ、右酵素標識抗体は抗原と反応することが開示されており、このことは、少なくとも第四引用例に記載された酵素の免疫反応系に及ぼす阻害又は立体障害等の影響は無視し得る程度のものであること、すなわち、右酵素を免疫反応の標識物質として使用しても支障のないことが開示されているものということができる」としている。

しかし、前記の如く、第四引用例は定性分析法たる組織化学的抗原位置決定法を記載した文献であつて、右の記載は、かかる定性分析の可能な限度において、「酵素と抗体とは酵素的及び免疫的活性を失わずに結合し得る」ということを述べたものであつて、微量分析を目的とする本願第一発明の如き定量分析に用いることが可能な程度に「酵素活性及び免疫活性が損われない」ことを記述したものではない。

何故ならば、原判決も認めるように、本願第一発明のイムノアツヤイと第三引用例、第四引用例の組織化学的抗原位置決定法とは、その目的、測定方法、測定原理等が明らかに相異しておりその相異は本願第一発明の方法が、免疫成分の極く微量を高精度かつ高感度に定量することを目的とする「定量分析方法」であるに対して組織化学的抗原位置決定法は組織切片上における抗原の存否を確認するだけの単なる「定性分析方法」であることに起因するのであつて、かかる意味において両方法には互換性が認められないのであるから、両方法が夫々免疫学の分析技術という同一の分野で共に用いられるものであるとしても、又、定性分析技術に属する組織化学的抗原位置決定法において、酵素と放射性物質とが共に用いられていたとしても、かかる事実から第一引用例に用いられる放射性物質を酵素に置き換えて本願第一発明に想到することが容易であると即断することはできないからである。

そうすれば、原判決が理由として掲げ、本書面において引用した八点の理由中、(1)ないし(5)、(7)、(8)、並びに(6)、の後段は、原判決が本願第一発明は容易に想到し得るとした理由と成り得ないと言わねばならない。

又、前記八点の理由中、(6)、の前段について言えば、原判決は、第一引用例の記載を援いた上(原判決五五丁表五行ないし裏後から三行「・・・作るものと認められ」迄)、「そうであるとすれば・・・」として右(6)、の前段に引用した認定を下しているが、原判決が援いた第一引用例の記載は、第一引用例における測定の一手法を述べたに過ぎず、当該記載からかかる認定は決して導き出し得るものでなく、従つて該認定は何らの証拠に基づかない判断に他ならない。そうすれば、原判決の掲げている八点の事実は、これらを総合しても決して原判決の導いた結論に至り得ないと言わねばならない。

4、かように、原判決が、誤つた結論に到達したのは、本願第一発明の酵素免疫測定法が第三引用例或いは第四引用例の定性分析法に属する組織化学的抗原位置決定法とは分野を異にする定量分析法であつて、目的、測定方法、測定原理、標識物質でラベルされた物質の利用の態様等を根本的に異にするに拘らず、両者が、

「別個の独立した分析体系をなすものとして位置づけられているか否かということと、組織化学的抗原位置決定法において免疫成分の標識物質として用いられている酵素を、イムノアツセイにおける免疫成分の標識物質として用いることを容易に想到し得るか否かということとは別個の事項である」

として、定性分析法と定量分析法との決定的な差異を無視したことによるのである。

以上述べたとおり、原判決には理由不備の違法があるから原判決は取消されるべきである。

二、上告理由第二点

原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令の違背がある。

1、右に述べた如く、原判決は、本願第一発明のイムノアツセイと第三引用例及び第四引用例に記載の組織化学的抗原位置決定法とが、「別個の独立した分析体系をなすものとして位置づけられるものであること」を認めながら、

「両方法がその目的、測定方法、測定原理等において相違し、別個の独立した分析体系をなすものとして位置づけられているか否かということと、組織化学的抗原位置決定法において免疫成分の標識物質として用いられている酵素を、イムノアツセイにおける免疫成分の標識物質として用いることを容易に想到し得るか否かということとは別個の事項である」

とし、両方法は、

(1)、共に標識物質を用い、特異的反応である抗原抗体反応を利用してなす免疫学の分析技術分野に属する分析方法である点で共通する、

(2)、組織化学的抗原位置決定方法においては放射性物質と酵素とは同等の標識物質として使用されていることが認められる、

とし、

「これらの事実によれば、第四引用例記載の組織化学的抗原位置決定法において標識物質として用いられている酵素は、これを用い得ないという技術的理由がない限りイムノアツセイを含む他の分析法における免疫成分の標識物質として使用し得るものと想到することができ、右想到すること自体に困難性があることを認めしめるに足りる証拠もないから、イムノアツセイと組織化学的抗原位置決定法とが、その目的、測定方法、測定原理等を異にし、別個の分析体系をなすものとして位置づけられているとしても、そのことをもつて直ちにRIAにおける標識物質である放射性同位元素に代えて酵素を用いることを想到することができないと断定することは困難である」と説示している。

2、しかしながら、原判決の認めているように、イムノアツセイと組織化学的抗原位置決定法とは、その目的、測定方法、測定原理等を異にする別個の分析体系をなしている。従つて、組織化学的抗原位置決定法において、たとえ放射性物質と酵素とが同等の標識物質として使用されていたとしても、両分析法が免疫学的分析という同一の分野に属する分析方法であるからと言つて、そのことだけから、免疫測定法(イムノアツセイ)においても同様に酵素が放射性物質に代えて使用し得ると言い得るものではない。組織化学的抗原位置決定法は定性分析法に過ぎないのに対して、本願第一発明の酵素免疫測定法や第一引用例の放射性免疫測定法は定量分析法であつて、両者は目的、測定方法、測定原理等を全く異にするからである。

しかるに、原判決は上記二点の理由を掲げた上で、第一引用例において標識物質として用いられている放射性物質を、第四引用例において用いられている標識物質たる酵素に代えることは、「これを用い得ないという技術的理由がない限り」、容易に想到し得るとしているのである。

この判断は審決取消訴訟における立証責任の分配の法則に違背する。

何故ならば、特許法第五一条が定める如く、特許法第二九条第二項の事由の存在することは、特許庁の挙証すべき事項であつて、特許出願人は出願に係る発明が容易に発明し得ないということまでを立証する責任を負わされていないからである。

従つて、「これを転用し得るという明白な理由のない限り」本願第一発明は容易に発明し得ないと結論すべきであり、

原判決の言う如く、「これを用い得ないという技術的理由がない限り」本願第一発明は容易に想到し得るとした原判決の判断は、立証責任の分配の法則に違背しており、判決の結論に影響の及ぼすことの明らかな訴訟手続に関する法令の違背が存在する。よつて、原判決は取消されるべきである。

以上

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